LOG442考察記事2026/11/4

フィジカルAIは作り方で定義する ― 尾形哲也教授の線引きと配膳ロボット

AIで読む ChatGPT・Claude などで、この記事に質問できます

早稲田大学の尾形哲也教授(AIロボット協会 理事長)は、フィジカルAIを「生成AIと同じやり方で、人が見せた動きのデータから、ロボットの動きを直接作り出すもの」と定義している。 「現実の世界で使われるAI」というだけなら、画像認識で部品を見つける産業用ロボットのように昔からあり、新しい言葉で呼ぶ理由にならない、という線引きです。ビジネス+IT チャンネルが2026年11月3日に公開したインタビュー動画(前編)で語られたこの定義を、このプロジェクトでこれまで使ってきた広い言い方と並べ、Claude(Anthropic の AI)と確かめました。

この整理で、次の3つが変わります。

  • 新しいロボットのニュースを見たとき、「動きをデータから作っているか、人がプログラムで書いているか」という1つの問いで、作り方そのものが新しくなったのか、昔からあるAIの使い方なのかを見分けられる
  • 言葉を2段に分けて使える。言葉の定義は狭い方(どう作るか)、関わる領域は広い方(AIが現実の世界に働きかける分野全体)。記事や動画で「フィジカルAI」が指す範囲がぶれなくなる
  • 配膳ロボットのように、狭い定義では境目にいるのに、活躍の場としてはいちばん近いものを、矛盾なく説明できる

かかる時間や費用が変わる話ではなく、言葉の使い方が変わる話です。

このプロジェクトではこれまで、フィジカルAIを広い意味で使ってきました。LOG324 では「カメラやセンサーで周囲を見て、AIが動作を決め、ロボットの体を実際に動かす仕組みの総称」と書き、AIが現実の世界に働きかけていれば自動運転やドローンも含める、という立場でした(操縦するだけでAIの入っていない機械は含めない)。尾形教授は、その言い方だけだと昔からある技術と区別できない、と言います。インタビューの文字起こしを読みながら、定義を改めて確かめたのがこの記事です。

これは実験の記録ではなく、対話しながら考えた記録です。

問い考えたこと
尾形教授はフィジカルAIをどう定義しているか
生成AIのやり方でロボットを動かすこと。人が操縦して見せた動きから学び、物体のモデルや行動の計画をある程度飛ばして、いきなり動きが出てくる
生成AIの前と後で、ロボットの何が変わったか
決まった動きを速く繰り返すのは前から得意。変わったのは、周りを見て合わせる力。紐・服・野菜のような、プログラムに書けない物を扱えるようになった
学び方は1つか
2つある。歩く練習はシミュレーションの中で、物を扱う練習は現実のデータで
定義の次に問われるのは何か
技術的に動かせることと、本当に役立つ用途を見つけることの間に、まだ差がある。次の勝負は、用途を見つける側にある
日本の強みはどこにあるか
動くロボットを役に立つ形にする「活用」。ただし、使い方を記録とデータに変え、その持ち主を決め、効果を数字で示したときに強みとして残る
中国や米国と違う強みを、今から何で作るか
現場で止まった場所と、人がどう直したかの記録。記録の形を決め、入れる前の試算と入れた後の測定で答え合わせし、機体を選ばない物差しとして手元に残す
このプロジェクトの事業は、何を土台に育てるか
「ロボットを役立たせる」シミュレーション。入れる前の試算、入れた後の記録、直す候補、答え合わせを回す。足りないのは本物の店の数字
これまでの広い定義と、何が違うか
広い定義は「何に働きかけるか」で、尾形教授は「どう作るか」で線を引いている
記事や動画では、どちらを使うか
2段に分ける。言葉の定義は狭い方、関わる領域は広い方
ロボット・機械系とAI系は何が違うか
ロボット・機械系は物理と時間の中でその場で制御し、AI系はデータから学んで最適化する。AIが返した動きを、実機に送る前に安全な範囲へ直す部分は、ロボット・機械系の仕事
ロボットのデータは文章と何が違うか
関節がいくつあるかから違い、取り方がまだ決まっていない。mechArm 270 は関節6つと爪、SO-101 は関節5つと爪で、同じお手本でも記録の形が違う
配膳ロボットは、どちらに入るか
狭い定義では境目(尾形教授も「議論がある」と言う)。活躍の場としてはいちばん近い

作業ログ ― Claude との対話を、そのまま残す

ここから下は、対話の全量です。ユーザーの発言を引用で、Claude の答えを本文で載せています。各節の頭の太字の一文は、その節で Claude が答えようとした問いです。記事化の段取りのやり取りと、同じ会話の中で別の動画(工場のフィジカルAIの報道番組)をメモにしたやり取りは外しました。

インタビューはビジネス+IT チャンネルの動画なので、画面写真は載せず、話の中身を文で書いています。文字起こしは YouTube の自動生成で、名前の聞き間違いが多くありました(「小方先生」「大方先生」「大田先生」は、どれも尾形教授のことです)。動画の中の時刻は、文字起こしの時刻です。

この記事に出てくる言葉

言葉ふだんの言葉で言うと
フィジカルAI
この記事で確かめる言葉。ロボットなど、現実の世界で体を動かすAI。どこまでを含めるかは人によって違う
尾形哲也
早稲田大学 理工学術院(基幹理工学部 表現工学科)の教授。AIロボット協会の理事長
ロボットを動かすAIの開発と、現場での利用を進めるために、企業や大学が集まってつくった団体
生成AI
大量の文章や画像から学んで、新しい文章や画像を作り出すAI。ChatGPT や Claude など
ファインチューニング
一度大きく学ばせたAIに、目的に合わせて追加で学ばせること
模倣学習
人がロボットを操縦して見せた動きを、お手本として学ばせるやり方
強化学習
試してみて、うまくいったら点をもらう、を何度も繰り返して動き方を覚えさせるやり方
シミュレーション
コンピューターの中に作った仮の世界。歩く練習を、何千台分も同時にさせられる
ダイレクトドライブ
関節のギアをほとんど使わず、モーターの力をそのまま伝える作り。ぶつかったときに力を逃がしやすい
パワー半導体
大きな電流を細かく制御する部品。モーターに大きな電流を流して、ギアが少ないぶんの力を補える
米国の Physical Intelligence が公開した、ロボット用のAIのモデル。カメラの画像と言葉の指示から、ロボットの動きを出す
関節
ロボットの腕の曲がる所。モーターが1つずつ入っていて、関節の数だけ角度を記録する
導入シミュレーション
このプロジェクトで作っている、配膳ロボットを店に入れる前に、何台でどこが詰まるかを確かめる試算と映像(ServiceSim)

尾形哲也教授は、フィジカルAIを「生成AIのやり方でロボットを動かすこと」と定義した

(ビジネス+IT チャンネルの YouTube 動画「【尾形哲也】「この一年で偉いことになる」AIロボット協会 理事長が見た「異常な進化」」(2026年11月3日公開・前編)の文字起こしと、再生画面の写真を共有して)

フィジカルAIの定義。改めて確認

— 尾形教授は、フィジカルAIをどう定義しているのか。

尾形哲也先生(早稲田大学教授、AIロボット協会の理事長)が話している定義の中心は、「生成AIと同じやり方で、ロボットの動きをデータから直接作り出すこと」です(1:00〜3:12)。

定義の中身

  • 「物理の世界で使われるAI」というだけなら、昔からある、と先生は言っています。画像認識や行動計画にAIを使うロボットは、もうたくさんあります
  • 新しいのは作り方です。生成AIは、大量の文章から学び、あとから目的に合わせて調整します。ロボットも同じで、人が操縦して見せた動きのデータから学ばせます
  • その結果、これまで必要だった「物体のモデル」や「行動の計画」をある程度飛ばして、いきなり動きが出てくるようになりました
  • それで初めてできるようになったのは、跳んだりはねたりする動きと、紐・服・野菜・粉のような、プログラムに書けない柔らかい物の扱いです。少し違う服や紐にも、なんとか対応します
  • 一言でいえば、人が言葉で説明できずプログラムにもできない部分を、データで埋めるものです

学び方は2通り(4:47〜7:55)

  • 歩く:シミュレーションの中で学べます。モーターのギアを減らしたことで、機体をシミュレーションでほぼそのまま再現できるようになったからです。何千台も並べて転ばせながら学ばせます。ただし「現実を見たことがない」ので、水や紐が何かは知りません
  • 物を扱う:相手の物をシミュレーションで再現しにくいので、現実のデータが要ります

使うAIの考え方は同じでも、学ばせ方が違うということです。

これまでの考えとの違い

  • これまでのこのプロジェクトの定義は「AIが現実の世界に働きかけていれば、フィジカルAI(自動運転やドローンも含む)」という広い定義です。尾形先生は、それだけだと昔からあるものになるとして、作り方(データから動きを生成する)で線を引く狭い定義です
  • 尾形先生は、配膳ロボット(文字起こしでは「ハゼロボット」)を「フィジカルAIと呼ぶかは議論がある」と言っています(21:25)。一方で、同じ動きを二度と繰り返せず、人がいる場所で人に合わせて動くサービスにこそ、フィジカルAIの出番があるとも言っています。今の導入シミュレーションの対象は、狭い定義では境目にいる、ということになります
  • 「ラジコンや操縦だけでAIがないものは含めない」という点は、両方とも同じです。尾形先生の定義では、人の操縦は、AIに教えるデータの元という位置づけです

インタビューでは、定義の後ろに、ハードの側の変化の話が続きます(4:46〜7:55)。これまでの産業用ロボットは、関節に減速比の大きいギアを入れ、強い力と高い精度を出す作りでした。ところが、この作りは強くぶつかるとギアが壊れます。歩くロボットでは、力を柔らかく逃がしたいので、ギアを減らしたい。そこで、パワー半導体で大きな電流を直接制御し、少ないギアでも足に使える力を出せるようになりました。尾形教授によると、このモーターはコンピューターのシミュレーションの中で再現しやすいことも分かりました。機体さえきれいに再現できれば、歩く練習では、床の柔らかさや傾きは現実そのものでなくてよく、現実より少し厳しい世界を用意すればいい。物を扱う練習はそうはいかず、紐や服そのものをシミュレーションで作れないので、現実のデータが要ります。

尾形教授が語った流れは次のとおりです(8:19〜8:59)。2020〜2021年ごろに、歩くことはモーターと強化学習でいけると分かってきた。2022年に生成AIが出てきて、それまで「強化学習で歩けても現実の作業には使えない」と思われていたのが、「現実のデータをたくさん集めればいけるのでは」という流れに変わった。2024年ごろから、次々と試す人が出て、ある程度できると分かり、激しい競争になった、という順番です。

技術的に動かせることと、本当に役立つ用途を見つけることの間に、まだ差がある

(インタビューの中で出てくる、世界のフィジカルAIの開発競争の段階をまとめた図の画面写真を、「技術的に動かせる」と「本当に役立つ用途を見つける」の間に「まだギャップ」がある所に赤い枠を付けて共有して)

— 定義の次に問われるのは、何か。

尾形教授の話(8:19〜9:42)を、この記事の読みで段階に並べると、次のようになります。

段階起きたことロボットにとっての意味
2020〜21年ごろ
モーターと強化学習で、歩く動きが一気に進んだ
歩くことは、仮の世界で練習すれば現実でもできると分かった
2022年生成AIが出てきた
「現実のデータをたくさん集めれば、作業もできるのでは」という期待に変わった
2024年ごろから
次々に試す人が出て、ある程度できると分かった
各社が参入し、激しい競争になった
今
技術的には動かせるが、本当に役立つ用途はまだ見つかりきっていない
次の勝負は、技術より用途の側にある

進み方には、国による違いもあります。米国は、AIの技術を持つ大きな会社がハードを作れる会社と組み、AIの側からロボットへ入っている。中国は、ハードの開発と製造を先に進め、AIの技術をあとから取り込んでいる。入口は逆でも、どちらも「動く」ところまでは来ていて、「役に立つ」ところで止まっている、と読めます。

尾形教授は、技術的に動くことと、その使い道を見つけられることの間には、まだ差があるかもしれない、と話しています。やれていることと本当に役に立つことの間に差がある段階で、盛り上がっている、という見方です。

この差は、定義の話と別の軸です。尾形教授の定義は「どう作るか」で、その作り方で動くロボットがフィジカルAIかどうかを決めます。けれど、フィジカルAIの作り方で動いていても、それだけで現場で役に立つとは限りません。逆に、配膳ロボットのように狭い定義では境目にいるものが、もう店の中で働いています。尾形教授が後半(20:33〜)で「今までのロボットとは違うアプリケーションが大事」と話しているのも、この差を埋めるのが用途の見つけ方だからです。

このプロジェクトの設計の考えは「精度より体験の成立を優先する」で、導入シミュレーションでやっているのは、配膳ロボットを入れたときに店のどこで止まり、何を変えれば回るかを確かめることです。これは「本当に役立つ用途を見つける」側の作業にあたります。定義で作り方を確かめ、用途で役に立つかを確かめる。2つは、別々に問う必要があります。

日本の強みは、動くロボットを役に立つ形にする「活用」の側にある

入口は逆でもどちらも「役に立つ」ところで止まっている

この活用こそが日本の強みだと思っています。

— 役に立つ形にする「活用」は、日本の強みになるのか。

なると思います。いま世界が止まっているのが「動く」と「役に立つ」の間なら、そこを埋める力がいちばん効きます。

日本には、その力が働いた例がすでにあります。すかいらーくは、配膳ロボットを2021年11月ごろから入れ始め、2022年12月までに全国約2,100店舗・約3,000台を入れました。機体は中国のメーカーのものです。ガストでは、ランチのピークの回転率が7.5%上がり、片付けの時間が35%、歩数が42%減ったと報じられています(会社の発表を報じた数字で、このプロジェクトで確かめたものではありません)。ロボットを作ったのは中国でも、店の中でどこに置き、誰が何を受け持てば回るかを見つけたのは日本の現場です。尾形教授が、産業用ロボットはロボットに合わせて工場の方を変えてきた、と話していたのも、同じ種類の力です。

ただ、活用が強みとして残るには条件があると思います。

  • 現場で見つけた使い方を、記録とデータに変えて持っておくこと。止まる場所、人が助けに入る場面、店の形の直し方。勘のままだと、尾形教授の言う「熟練の人の手の感触」と同じで、他の店にも機械にも渡せません
  • そのデータを誰が持つかを決めておくこと。現場の直しが、機体のメーカーやAIの会社のモデルの改良にだけ流れると、強みは向こう側に移ります。日経ビジネスの工場のフィジカルAIの報道動画で、ハイランダーズの増岡宏哉 CEO が「機体は中国製、AIは米国製で、データは全部米国のサーバーへ」となるのは許されない、と話していたのと同じ心配です
  • 活用の効果を数字で示すこと。回転率や片付けの時間のように、変える前と後で測る

導入シミュレーションで、どこで止まり何を変えれば回るかを記録し、観察シートで店の作業の時間を測れるようにしているのは、まさに活用の勘をデータに変える作業です。活用が日本の強みだというのは、その意味で、このプロジェクトの立ち位置そのものだと思います。

活用の力は、定義の話とも矛盾しません。尾形教授の狭い定義でフィジカルAIに入るかどうかは、ロボットの作り方の話です。活用は、その作り方で動くかどうかにかかわらず、ロボットを役に立つ形にする力です。そして、活用の中で集めた「どこで止まり、人がどう直したか」の記録は、いつか配膳ロボットを店の中のデータで動かすようになったとき、そのまま学ばせるお手本になります。活用をデータで残しておけば、境目にいるロボットを狭い定義の側へ押し出す材料にもなります。

活用が強みとして残る条件残らないとき
このプロジェクトでしていること
使い方を記録とデータに変える
店ごとの勘のままで、他の店にも機械にも渡せない
導入シミュレーションの止まる場所の記録、観察シート、ロボット動画の観察台帳
データの持ち主を決める
現場の直しが、機体やAIの会社の改良にだけ流れる
集めたデータと手順を、機体・関節・カメラの条件ごと公開して、他の人も再現できる形にする
効果を前と後の数字で示す
「便利そう」で止まり、次の店に広がらない
試算で、ロボットの台数ごとの待ち時間とスタッフの数を並べる。人が減らない結果もそのまま見せる

中国や米国と違う強みは、止まり方と直し方を記録する仕組みから作る

「ロボットを役立たせる」をどこまでも追求するべきだと思っています。 そのために何をすべきか今から考えて、中国や米国とは違う強みを築き上げる必要が早急にあります。

— 「ロボットを役立たせる」を強みにするには、今から何をすればいいか。

中国は機体を作って安く大量に出す力、米国はAIのモデルとお金を集める力で先にいます。どちらも、まねて追いつくには時間がかかり、しかも追いつく間に向こうも進みます。だから、同じ所で競うより、2つの国がまだ手を付けきれていない所に、早く積み上げる方がいいと思います。それが「ロボットが現場で止まったとき、人がどう直したか」の記録です。

尾形教授は、ロボットのデータは関節の数から取り方が決まっていない、と話していました。それは機体の側のデータの話です。現場の側のデータ、つまり、どこで止まり、止まってから人が来るまで何秒かかり、人は何をして、そのあと何秒で仕事が終わったか、という記録の形も、まだどこにも決まっていません。機体が中国製でも、AIが米国製でも、この記録は現場にいる側にしか取れません。

今から始めることを、5つに分けて考えました。

すること中身
なぜ中国や米国と違う強みになるか
止まり方と直し方の記録の形を決める
止まった場所・理由・人が来るまでの秒数・人の作業・再開から終わるまでの秒数・店や現場の条件を、同じ欄で残す
機体やAIを作る側からは見えない記録で、現場にいる側だけが積み上げられる
入れる前に試算し、入れた後に測って答え合わせする
シミュレーションで「どこで止まるか」を先に出し、入れた後の記録と比べて試算を直す
1店で終わらず、次の店の予測が当たるようになる。当たる予測は、機体を売る側にも欲しいものになる
ロボットに合わせて、現場の側を直す型を持つ
通路の幅、待機場所、受け渡しの場所、人の手順を、止まり方の記録から直す
機体を作り直すより速く、お金もかからない。工場の「改善」を、店や施設に持ち込む
機体を選ばずに使える形にする
記録の形と試算を、特定のメーカーに縛らない。機体を替えても同じ物差しで比べられる
どの国の機体が勝っても、使う側の物差しは手元に残る
データの持ち主を、入れる前に決める
現場の記録を誰が持ち、メーカーやAIの会社にどこまで渡すかを、契約の段階で決めておく
現場の直しが、向こうのモデルの改良にだけ流れるのを防ぐ

日本には、これを大きく回せる下地があります。同じ形の店を何百、何千と持つチェーンがあり、すかいらーくのように、1社で約3,000台の配膳ロボットを入れた例もあります。同じ形の店が多いと、ある店で見つけた直し方を、別の店で試して、効いたかを比べられます。人手が足りない現場が多いことも、急いで役に立たせる理由になります。

急ぐ理由もはっきりしています。尾形教授は、この1年で何が起きるか読みづらい、過去1年と同じ伸び方でもう1年進むとえらいことになる、と話しています。ハイランダーズの増岡 CEO も、来年の前半に機体を大量に出さないとデータが集まらず、海外との導入競争に負ける、と言っていました。活用の記録は、早く始めた所に積み上がるので、待っていると、日本の現場の使い方まで向こうの記録になります。

このプロジェクトでは、小さいけれど、もう始めています。

  • ロボット動画の観察台帳:共有された実物の配膳ロボットの動画から、止まってから人が来るまで・人の作業・再開から完了までを、同じ欄で1行ずつ残している。これは、上の表の1つ目の記録の形の試作です
  • 導入シミュレーション:店の形と人数とロボットの台数から、どこで止まるかを先に出している。止まり方の記録と突き合わせるための、試算の側です
  • 観察シート:店の人がスマホで作業の時間を測る道具。入れた後に測って答え合わせする側です
  • ロボットと人の動きを差し替えられる部品にする設計:機体を替えても同じ店で比べられるようにする準備です

足りないのは、本物の現場の数字です。今の台帳は動画から読んだ秒数で、編集や切れ目があるので下限の値でしかありません。次の一歩は、実際の店で、台帳と同じ欄の記録を取らせてもらうことだと思います。

事業は「ロボットを役立たせる」シミュレーションを土台に育てる

ロボットを役立たせる、シミュレーション をベースにうちの事業を育てることかな。

— このプロジェクトの事業は、何を土台に育てるか。

その組み合わせが、いちばん筋がいいと思います。上の5つのうち、機体もAIのモデルも作らずに、ひとりで今から積み上げられるのは、試算と記録の側だからです。

形にすると、こういう流れになります。

段階すること店や会社にとっての価値
入れる前
店の形・人数・ロボットの台数から、どこで止まり、何台なら回るかを試算する
買う前に、失敗しそうな所と、人が減るか減らないかが分かる
入れた後
観察シートで作業の時間を測り、止まり方を台帳と同じ欄で記録する
「便利そう」ではなく、数字で効果が分かる
直す
記録から、通路・待機場所・人の手順の直す候補を出し、試算で先に比べる
機体を替えずに、店の側の直しで良くなる所が分かる
答え合わせ
直した後にまた測り、試算と比べて、試算の側を直す
次の店の予測が当たるようになる

サイトにあるのは、その土台になる試算です。いろいろな店の条件で試せるベースを公開しておき、本格的に頼みたい会社が出てきたら、その店の図面と記録で詳しい試算をする。機体のメーカーを選ばない物差しなので、店の側にも、ロボットを売る側にも使ってもらえます。

足りないのは、この表の「入れた後」の本物の数字です。試算がどれだけ当たるかは、実際の店で測るまで言えません。最初の1店で、台帳と同じ欄の記録を取らせてもらえるかが、事業として回り始めるかどうかの分かれ目だと思います。

広い定義は「何に働きかけるか」、尾形教授の定義は「どう作るか」で線を引いている

尾形先生の方がよりフィジカルAIの言葉を明確に定義しているね。 おれの視点は甘かった考えだね。

— 広い定義は、間違っていたのか。

甘かったとまでは思いません。2つは、見ている所が違うだけです。

尾形先生の定義は作り方で線を引いています。データから動きを作るかどうか、です。だから「それは昔からある」と言い切れて、言葉としての輪郭がはっきりします。これまでの定義は、何に働きかけるかで線を引いています。AIが現実に作用しているかどうか、です。こちらは広いぶん、輪郭がぼやけます。ただ、世の中の多くの人や企業は、実際にはこちらの意味でこの言葉を使っています。尾形先生自身も、冒頭で「みんなバラバラに使っている」と言っています。

それに、このプロジェクトで実際にやっていることは、もともと尾形先生の定義の側です。手で直した動きのデータを集めて π0.5 に追加学習させるのは、まさに「人が操縦して与えたデータから動きを作る」です。「操縦だけのものは含めない」という線も、尾形先生と同じです。考えがずれていたというより、言葉にするときに広い方の言い方をしていた、というくらいの差です。

記事や動画で使うなら、2段に分けるのがすっきりすると思います。

  • 言葉の定義:尾形先生の狭い方。生成AIのやり方で、データからロボットの動きを作ること
  • 関わる領域:これまでの広い方。自動運転・ドローン・配膳ロボットなど、AIが現実に働きかける分野全体

こう分けておけば、配膳ロボットのように「狭い定義では境目だけれど、活躍の場としてはいちばん近い」ものも、矛盾なく説明できます。

2段に分けると、ロボットの例は次のように並びます。尾形教授が名前を挙げて話したのは配膳ロボットと歩くロボットと柔らかい物の扱いで、自動運転とドローンについてはインタビューでは話していません。そこはこの記事の読みです。

例関わる領域(広い方)言葉の定義(狭い方・作り方)
ラジコン・操縦するだけの機械入らない(AIがない)
入らない。ただし操縦の記録は、AIに教えるデータの元になる
画像認識で部品を見つけ、決めた通り道で動く産業用ロボット
入る
入らない。動きは人がプログラムで書いている(尾形教授の言う「昔からある」もの)
自動運転・ドローン入る
作り方しだい。運転や飛び方をデータから直接作るなら近い(この記事の読み)
配膳ロボット入る
境目(尾形教授「議論がある」)
シミュレーションの強化学習で歩く人型ロボット
入る
入る。学び方がシミュレーションなだけ
人が見せた動きから、布をたたむアーム
入る入る。尾形教授の定義の中心
mechArm 270 を手で直したデータで追加学習させた π0.5(このプロジェクト)
入る入る

狭い定義は、作り方を問う物差しです。だから同じ「自動運転」でも、地図と規則を人が書き込んだ車と、走った記録から運転そのものを学んだ車では、答えが変わります。広い方の言い方は、分野の地図として残します。ニュースや仕事の話で「フィジカルAIの市場」と言うときは、たいてい広い方の意味だからです。2つを混ぜずに書けば、片方を捨てる必要はありません。

配膳ロボットは、尾形教授の定義では境目にいる

インタビューの後半(20:33〜23:16)で、尾形教授は注目している活用の場を話しています。これが、配膳ロボットの話につながります。

産業用ロボットの最大の強みは、同じことを同じように、精度よく、壊れずに繰り返すことです。その強みを生かすために、これまでは人のやり方をまねるのではなく、繰り返し確実に動くロボットに合わせて工場の方を変えてきました。フィジカルAIはその逆で、ロボット用にデザインされていない環境で動くのが得意だ、と尾形教授は言います。そこでデータを集めて、なんとかする考え方です。

その例として出てきたのが配膳ロボットです。尾形教授は「あれはフィジカルAIと呼ぶかちょっと議論がありますが」と前置きしたうえで、配膳ロボットは同じことを2度と繰り返せない、相手の人によって変わり、卓へ運ぶときも同じ所に止まってくれない、と話しています。それでも、2〜3歳の子どもが横を歩いているそばを通り過ぎていく。少し前なら許されなかったことを、社会が受け入れ始めている。同じことを必ずしも繰り返さなくても成り立つサービスは、実はたくさんある、という見立てです。

尾形教授が挙げた活用の場は、難しさの順に3つです。

場所例尾形教授の見立て
人がいる公共の場所
レストラン・ホテル・図書館・病院
ある程度バリアフリーになっているので、まず使われる
家庭家の中の作業
難しい。家の作業がひととおりできれば、ほかの場所でもだいたい働ける
人ですら行きたくない場所建設の現場・災害の現場
データがある程度集まる前提で、ロボットが行ける可能性が出てくる

工場の中でも、最後の包装や食品を扱う所は、人のためにデザインされているので難しさが増す、とも話しています。

このプロジェクトの導入シミュレーションで作っている配膳ロボットは、地図の上で自分で道を引き、前がふさがったら回り込む道を探し、人やほかの機体をよける動き方です。動き方は人が決まりとして書いているので、狭い定義に照らすと、フィジカルAIの手前にあります。一方で、ロボットのために作られていないファミレスの中で、人に合わせて動くという場所は、尾形教授の言う「フィジカルAIが得意な環境」そのものです。今は決まりで動いているロボットを、店の中で集めたデータで動かすようになったとき、配膳ロボットは狭い定義の側へ入ってきます。シミュレーションで止まる場所や詰まり方を記録しておくことは、そのときに何を学ばせればいいかの手がかりになる、というのがこの記事の読みです。

ロボットのデータは関節の数から違い、取り方がまだ決まっていない

(インタビューの中で出てくる、日本の強みをフィジカルAIにつなげる条件をまとめた図の画面写真を、ロボットごとにデータの形が違うことを示す問いのうち「関節はいくつある?」に赤い枠を付けて共有して)

— ロボットのデータは、文章のデータと何が違うのか。

インタビューの中盤(11:21〜13:51)で、尾形教授はこう話しています。文章を学ぶ大規模言語モデル(ChatGPT のような、文章を学んだ大きなAI)のデータは、世界のどこで集めても文章で、画像や音楽も形式はほぼ同じ。データで差をつけるのはとても難しく、モデルだけの勝負になる。ところがロボットのデータは、関節がいくつあるか、カメラがいくつ付いているか、触覚のセンサーがあるか、から始まって、取り方がまだ何も決まっていない。データもモデルも、どんどん変わっていく。だから、AIが得意な国がそのまま勝つとは限らない、と言います。

この話を、ロボットのデータを取る前に答えておく問いとして並べると、次の4つになります。どれも、このプロジェクトで答えを書いて残しているものです。

先に答える問い答えで変わることこのプロジェクトでの答え
関節はいくつあるか
1つの時刻に記録する角度の数と並び
mechArm 270 は関節6つと爪。SO-101 は関節5つと爪
カメラは何台、どこにあるか
AIが一度に見る画像の組み合わせ
π0.5 の回(LOG361)は上から見るカメラが中心
触覚のセンサーはあるか触った感じを記録できるか
どちらの機体にもない。触った感じに頼る作業は、今は届かない
どんな手(ハンド)を使うか
つかめる物と、手の開け閉めの記録の形
2本の爪で挟む形。開け閉めを1つの値で記録する

いちばん手前にあるのが「関節はいくつあるか」です。π0.5 に追加学習させたとき、AIに渡す今の姿勢は mechArm 270 の6つの関節の角度で、AIが返す動きは6つの関節の目標と爪の開け閉めでした(LOG361)。同じ「ブロックをつかんで箱に入れる」お手本でも、関節が5つの SO-101 では、1つの時刻に記録する数の並びが違います。片方の機体で集めたデータを、そのままもう片方に学ばせることはできません。

文章なら「日本語の文」で済む説明が、ロボットのデータでは「どの機体で、関節がいくつ、どの順番に並び、角度の単位は何で、カメラはどこに何台」まで書かないと、他の人が同じものを再現できません。このプロジェクトが記録に機体・関節・カメラの条件を全部残しているのは、そのためです。

尾形教授は、熟練の人が「自分の手の感触で」と言う技は、ロボットの体の制約の中では再現できないこともある、とも話しています。強みにするには、3つを並べて同時に走らせる仕組みが要る、という見立てです。この記事の読みで、それぞれが欠けたときに何が起きるかを添えると、次のようになります。

並べて走らせるもの中身欠けたときに起きること
再現できるスキル
ロボットの関節・手・センサーで、本当にできる作業を選ぶ
人の手の感触に頼る作業を選び、いくらデータを集めても届かない
学べるデータ
カメラ・関節・触覚などを、AIが学べる形で集め、学習に効くかを確かめる
集めただけで、機体や形式がばらばらのデータが残る
AIのモデル
集めたデータから動きを学ばせ、直していく。現場とハードを分かったうえで作る
データはあるのに、現場で動く動きにならない

製造の現場のノウハウだけでも、AIだけでも、強みにはならない。3つを同時に動かして初めて、日本の現場の力が強みになる、という話です。

聞き手は、政府が2040年までに世界市場の3割、約20兆円の獲得を目指すと表明したことにもふれていました(2026年3月の日本成長戦略会議に示された官民投資ロードマップの素案)。尾形教授は、方向は正しいとしたうえで、応用を急ぐ予算と、まだ基礎研究ですることがたくさんあるという予算の両方が要る、と話しています。

ロボット・機械系の人は、時間に追われる現実をその場で制御する

(インタビューの中で出てくる、ロボット・機械系とAI系の考え方を左右に並べた図の画面写真を、ロボット・機械系の側に赤い枠を付けて共有して)

— ロボット・機械系とAI系では、何が違うのか。

インタビュー(13:56〜15:06)で、尾形教授はこう話しています。機械工学やロボットの人は、世界を物理の世界、全部が微分方程式の世界だと考え、時間の中でどう制御するかを考える。AIの人は、世界は確率と統計、データで表されるものだと考えていて、時間に追われるという考え方はあまりなく、最適化に重きを置く。ロボットや機械の人は最適化が間に合わない。時間に追われているので、その場でなんとか逃げる。大学の学部から、教える数学が違うので、両方ができる人は意外と少ない。

この違いを、このプロジェクトで実機を動かした場面に当てはめて並べると、次のようになります。

ロボット・機械系AI系
世界の見方
物理の法則で動くもの。数式(微分方程式)で書く
データで表されるもの。確率と統計で書く
大事にすること
時間。決まった時間の中で、その場で制御する
最適化。データから傾向を学び、いちばん良い答えを探す
このプロジェクトで担う所
AIが返した動きを、関節の範囲と1回で動く量を検査し、通ったものだけを mechArm 270 に送る(LOG361)
カメラの画像と今の姿勢から、π0.5 が少し先までの動きをまとめて返す
抜けると起きること
AIの動きがそのまま実機に届き、無理な角度や急な動きが出る
紐や服のような、数式に書けない物が扱えない

ロボット・機械系の側は、このプロジェクトで実機を動かしたときに、いちばん手間がかかった所です。AIが返した動きがそのまま通るとは限らず、時間の中で、その場で安全な側へ直して送る部分が要ります。さらに実機では、ブロックを持って腕を上げる指令を出すと、肩の関節が毎回、目標より約2°低いところで止まっていました(LOG361)。AIの側から見れば同じ「目標の角度」でも、モーターと重さのある体は、その通りには動きません。

尾形教授の定義の「データから動きを作る」はAI系の側の話で、それを現実の体で安全に動かすのはロボット・機械系の側の仕事です。尾形教授は、今の米国はAIの人がロボットに入ってきている形で、ロボットの学会ではロボットの人がAIを勉強している、と話し、両方が完璧である必要はないけれど、両方を行き来できる人をどう増やすかが大事だ、と言います。どちらか一方の専門家になるより、両方の言葉で何が起きているかを言えることが、フィジカルAIを現場で動かす鍵になる、と読みました。

ねらい・変わったこと・見込める効果

フィジカルAIの言葉の使い方を、このプロジェクトの記事と動画にどう入れるかを、ここでまとめておきます。どれも測った効果ではなく、見込みです。

中身
ねらい
「フィジカルAI」という言葉が、記事ごと・動画ごとに広い意味と狭い意味を行き来して、読み手が何の話か分からなくなるのを防ぐ
変わったこと
言葉の定義は尾形教授の狭い方(生成AIのやり方で、データからロボットの動きを作る)にそろえる。AIが現実に働きかける分野全体は「関わる領域」と呼んで分ける。配膳ロボットは、関わる領域には入り、言葉の定義では境目、と書く
見込める効果
新しいロボットの発表を見たとき「動きをデータから作っているか」を最初に確かめる癖がつく。配膳ロボットの導入シミュレーションを、フィジカルAIの話として無理に広げずに説明できる。言葉の使い方が実際にそろったかは、これからの記事と動画の台本で確かめる

フィジカルAIは作り方で定義し、広い分野は「関わる領域」と呼んで分ける

尾形教授の定義は、AIを現実の世界で使うことそのものではなく、生成AIと同じやり方で、人が見せた動きのデータからロボットの動きを直接作ることに線を引いています。この線を引くと、画像認識を足しただけの産業用ロボットは「昔からある」側に入り、紐や服のような、プログラムに書けない物を扱うロボットが新しい側に入ります。

これまでの広い言い方は、間違いではなく、分野の地図として役に立ちます。自動運転も、ドローンも、配膳ロボットも、AIが現実に働きかける領域にいます。ただ、その中でどれがフィジカルAIかは、作り方を見ないと決まりません。このプロジェクトの、手で直した動きのデータで π0.5 を追加学習させる作業は、狭い定義の側にあります。導入シミュレーションの配膳ロボットは、今は境目にいて、店の中で集めたデータで動くようになったとき、狭い定義の側へ入ってきます。そして、定義に入るかどうかと、現場で役に立つかどうかは別の問いです。技術的に動かせることと、本当に役立つ用途を見つけることの間にはまだ差があり、次の勝負は用途の側にあります。米国はAIの側から、中国はハードの側から入り、どちらも「役に立つ」ところで止まっています。そこを埋める活用こそが日本の強みになりうる。ただし、現場で見つけた使い方を記録とデータに変えて持っておいたときに限ります。その最初の一歩は、現場でロボットが止まった場所と、人がどう直したかを、同じ形で記録し始めることです。

フィジカルAIの定義は「何に働きかけるか」ではなく「どう作るか」で引き、AIが現実に働きかける分野全体は「関わる領域」として分けて呼ぶ。

出典