アバターと義体を考える Log#1 | アバターという義体に人が宿るとき ― 自動運転の先で、人は何を操りたくなるのか
薬剤搬送ロボットのハコブくんと、ロボットアームのツカムくん。この2体が働く病棟に、3体目の仲間を加えることにした。人型のロボットで、遠く離れた場所にいる人がネット越しに操作する。いわゆるアバター(分身ロボット)だ。
出発点は「運転が自動化されたら、人は運転の代わりに何を自分の手で動かしたくなるのか」という問いだった。Claude と議論しながら馬と車の歴史をたどり、次の時代の乗り物としてアバターに行き着いた。そこから、アバターをハコブくんの世界にどう置くか、操縦するのは誰か、を決めていった。その過程を記録する。
ヒューマノイドへの期待はLLMと同じ道をたどるという見立て
きっかけは、工作機械の加工を自動化するアルム株式会社の平山京幸氏のX投稿だった。フィジカルAIが技術的にその方向にしか進めないせいで、間違った方向へ進んでしまっている。10月8日の「製造業×フィジカルAI展」で、その分析を20分で話す、という告知だ。
アルムは、熟練工が持つ膨大な切削条件をアルゴリズムに落とし込み、専用の加工セル「TTMC」で無人加工を実現している会社だ。汎用のヒューマノイドに大量のデータで学習させる主流の路線とは、正反対の積み上げ方をしている。平山氏の言う「間違った方向」は、おそらくこの主流路線のことだと読んだ。
LLMも最初のころの全知全能感から一息付いて、結局それだけではたいしてできないことが多いなということになった。ヒューマノイドも同じような形になると思う。
— ヒューマノイドの落ち込みは、LLMより深くなるのではないか。
LLMは「単体では大したことはできない」と分かった後、ツール連携や業務フローへの組み込みで居場所を見つけた。間違えても人が直せば済み、導入コストもほぼかからなかったからだ。
ヒューマノイドはその条件が逆になる。1台の値段が高い。ミスは物理的な事故や不良品になる。工場が求める成功率は99%台の後半で、デモで一度うまくいくこととは別物だ。だから「デモはすごいが、現場では回らない」期間はLLMより長く続く、と Claude は見立てた。
最終的に残るのは、汎用性が本当に効く狭い領域だろう。多品種のピッキングや、人の生活空間に入る作業がそれにあたる。逆に工程が決まっている製造現場では、最初から専用セルを組む方が勝つ。平山氏の主張は、ここを突いているように見える。
運転が自動化された先で、人は何を自分の手で操りたくなるのか
世の中が自動運転やロボット化が進んでいくことにより、人々が自分で操作するものがなくなっていきます。でも人の欲求の中で自分自身で操作したいという欲求は無くならないと思っています。そうなったとき人は車や機械を操作しなくなった時に、何を自分自身の手で動かしたいと思うようになると思いますか?
最初に調べたのは、手で操作するものが自動化されたとき、手動の側がどうなったかだった。
アナログレコードの国内生産額は、2010年に約1億7,000万円まで落ちた。それが2024年には約78億9,000万円まで戻り、2025年は80億円を超えた。針を落とすひと手間が、配信世代には新鮮に映っている
新車に占めるマニュアル車の比率は1〜2%しかない。それでもトヨタのGR86は、購入者の約35%が20代で、年代別で最も多い
フィルムカメラは、撮り直せないことや、自分の腕が結果に出ることが若い世代に支持されている。フィルムは36枚撮り1本が1,500円を超える
馬も同じ道をたどった。移動手段だった馬は、車の普及後に乗馬や競馬になった。手動は消えずに「手段」から「目的」へ移り、値段の高い楽しみになる。
ここで Claude は一度、問いを読み違えた。「車の中で何を操作したくなるか」と受け取り、テスラの自動運転が運転の性格を5段階で選ばせている例を挙げた。問いはそうではなかった。
でも自分が言っているのはもっと先の話だし、もっと人が根元で持っている欲求によって新しい何かを求めるという話をしています。
— 運転は快感だったはずなのに、なぜ面倒なものとして自動化されるのか。
運転が楽しかったのは、自分の操作が車の動きに返り、上手い下手が結果に出たからだ。ところが車が普及すると、運転で向き合う相手が渋滞や交通ルールや事故の危険に変わった。腕前を試される抵抗ではなく、ただ時間を取られる面倒になった。だから自動化される。
人が求めているのは、機械を動かすことそのものではない。自分の意志で何かを動かし、その結果が自分に返ってくる手応えだ。哲学者バーナード・スーツは、ゲームを「不要な障害をあえて乗り越えようとする自発的な試み」と定義した。ゴルフは、球を穴に入れる手段としてはわざと遠回りになっている。
技術は面倒を消し続ける。面倒が消えた場所から、人は腕前を試せる新しい対象を探しに出ていく。この見立てで、次に何が来るかを考えることにした。
馬と車が世界中を夢中にさせた5つの条件
最初は脳波で動くドローンや、群衆で1台のロボットを動かす遊びなど、候補を広く出した。それでは焦点がぼやけるので、問いを絞った。
馬や車は各々時代を代表するような乗り物でした。そして世界中の人たちを魅了しました。同じくらい魅了するなにかを考えてみてください。
— 馬と車は、何を満たしていたから時代を代表できたのか。
馬と車に共通していた条件を5つに分けた。
生活に欠かせなかった(仕事・物流・移動)
人が行ける範囲を大きく広げた
身体で操る腕前があり、上手い下手が出た
愛馬・愛車として、愛着の対象になった
レース、道路、街の形、物語といった文化を生んだ
この5つで、次の時代の候補をふるいにかけた。
候補 | 弱い条件 | 理由 |
|---|---|---|
空飛ぶクルマ | 1・3 | 価格と免許で使える人が限られる。自動操縦が前提で、人が操る腕前が残りにくい |
自律型ヒューマノイド | 3・4 | 人の代わりに働くが、人が操らない。道具に近く、愛機になりにくい |
VR | 1 | 仮想空間の中では自由だが、物理世界の仕事には手が届かない |
アバター(遠隔操作ロボット) | なし | 5つすべてを満たす見込みがある |
アバターは、人手が足りない現場へ遠くから身体ごと働きに行ける(条件1)。馬は数十km、車は数百kmだった行動範囲が、地球の裏側まで一瞬になる(条件2)。通信の遅れや手応えの弱さがあるので、操縦の上手い下手がはっきり出る(条件3)。自分の分身なので、見た目や性能にこだわる愛機になる(条件4)。アバターでの観光、競技、新しい職業が生まれる(条件5)。
馬と車は、人の身体を運ぶ乗り物だった。アバターは、身体はその場に置いたまま、人の存在を遠くへ運ぶ。運転が自動化されて身体は受け身で運ばれるようになる一方で、存在の方は自分で操縦する。操作したい欲求が、身体の乗り物から存在の乗り物へ移る、という結論になった。
アバターはすでに動き出している。全日本空輸(ANA)がスポンサーとなった賞金総額1,000万ドルの国際大会「ANA Avatar XPRIZE」では、2022年にドイツ・ボン大学のチーム NimbRo が優勝した。操縦者の感覚と動作を、遠くのロボットへリアルタイムで運ぶ技術を競う大会だ。東京・日本橋の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、外出が難しい約70人のパイロットが分身ロボット OriHime を遠隔で操作して接客している。元料理人のパイロットや、視線でロボットを素早く動かすパイロットがいて、操縦に個人の得意が出ている。私自身、このカフェには行ったことがある。
攻殻機動隊でも遠隔の義体が出てきたりしてたし、一般的な認知もあるし、さらにはメリットも大きいしでかなり良さそうな題材だね。
足りないものもはっきりしている。触ったものの感触を操縦者へ返す仕組み、通信の遅れの短さ、そして価格だ。いまのアバターは、物珍しいが不便だった1880年代の自動車と同じ段階にある。
自律型ヒューマノイドと遠隔操作のアバターは別の方向を向いている
今ヒューマノイド型のロボットが主流だけど、どちらかというと自動自律で動くロボット開発にいってしまっていてアバターとは方向性が違うね。アバター、義体についてはおれも非常に注目している。これがフィジカルAIのキラーコンテンツ、キラーハードウェアになるかもね。
— 自律で動くロボットと、人が操るアバターは、本当に別物なのか。
いまのヒューマノイド開発の多くは、ロボットが自分で判断して動く方向を目指している。そのために必要なのが、人がロボットを遠隔操作して作業を見せた記録だ。ロボットはこの記録から動き方を学ぶ。
ということは、アバターで人が働くこと自体が、自律ロボットの学習データを生む。アバターは、すぐに使える製品であると同時に、自律化のためのデータを集める仕組みにもなる。ヒューマノイド各社がデータ集めのために人を雇って操作させている作業を、アバターなら本物の仕事として回せる。
行き着く形は、完全な遠隔操作でも完全な自律でもないだろう。人が「このカップを取る」という意図を出し、ロボット側のAIが指の力加減や細かい位置合わせを補う。どこまで人に操らせ、どこからAIに任せるか。操縦者にどんな手応えを返すか。ここはロボットの性能ではなく、操縦する人の体験をどう設計するかの問題になる。
つまりアバター、義体が世に大量に出れば良質なデータを取得できる可能性が広まるんじゃないかな。車のように個人で購入、もしくはサブスクできるならいいかもね。
— アバターが個人に普及すると、集まるデータは何が変わるのか。
テスラは自社の車を個人に大量に売り、その車が走るたびに集まる運転データで自動運転を育ててきた。アバターでも同じ構図が成り立つ。個人がアバターを持ち、仕事や生活の中で操作すれば、その記録が大量に集まる。研究室で人を雇い、決められた作業を繰り返してもらって集める記録より、場面も動きもずっと多様になる。
ただ、量が集まるだけでは学習に使える記録にならない。条件が3つある。
機体ごとに関節の数や形が違うと、あるアバターで取った記録が別の機体の学習に効きにくい。どの機体でも同じ形式で記録する仕組みが要る
操作の記録だけでは、その作業が成功したのか失敗したのかが分からない。カメラ画像をAIに見せて成否を判定するような仕組みと組み合わせて、初めて学習に使える
病院や家庭で動くアバターは、周りの人を常に撮影している。映り込んだ人の同意と、データとして使う範囲の管理が、普及の前提になる
売り方はサブスクと相性がいい。操作の記録を提供してくれる人には月額を下げる。持ち主は安く使え、メーカーには記録が集まる。車でいう、保険や整備込みのリースに近い形だ。
ハコブくんの病棟に、人が宿るヒューマノイドを加える
ハコブくんの話にアバターを登場させたいね。
ハコブくんは、もともと「身体は病院にあるが、意識はネットにも出ていける」という、攻殻機動隊のタチコマのような設定を持っている。アバターはその反対側に置ける。
キャラクター | 中身 | 気持ちの出し方 |
|---|---|---|
ハコブくん | 自分の心を持つ。ネットにも出ていける | 顔のモニターの表情 |
ツカムくん | 自分の心を持つ。言葉より動きで語る | アームの速さ・角度・止まり方 |
アバター(名前未定) | 自分の心を持たない。遠くの人が宿る | 中の人によって動き方が変わる |
ハコブくんは自分の心が外へ出ていく。アバターは他人の心を受け入れる器になる。攻殻機動隊でいう、ゴースト(心)とシェル(器)の関係だ。
見た目は今のヒューマノイドでいいと思うんだよね。
名前は、ハコブ・ツカムに揃えた動詞シリーズ(ヤドル、ノル、カワル)を出したが、見送った。別の方向で考え直している。
ガンダムが立ち上がる時目が光ったりするじゃないか。あれって動力が入って立ち上がるときの共通認識としてわかりやすくていいよね。これは採用したいな。
— 目が光る演出は、マンガの記号以上の意味を持てるか。
操縦者が接続すると、暗かった顔に目が灯り、ゆっくり立ち上がる。接続が切れると、目の光が消えて力が抜け、座り込む。ガンダムやエヴァンゲリオンで世界中の人が見てきた場面なので、説明なしで「中に人が入った」と伝わる。
これは実際のアバター設計でも意味を持つ。病棟で隣にいる人にとって、目の前のロボットを今動かしているのが人なのか、AIなのか、誰もいないのかは、安心して近づけるかどうかに直結する。実機なら、人が操縦中は白、AIが補助中は青、誰もいなければ消灯、のように目の光で分けられる。マンガの演出が、そのまま「誰が動かしているか」を示す表示になる。ハコブくんの表情を、待機・考え中・返答中といった状態の表示として設計したのと同じ考え方だ。
操縦者は顔を見せない、日本の若い看護師ゲーマー
遠隔操作をしている人も必要だよね。リモートで遠くの人が操作している設定がいいね。
マンガでは、コマの隅に小窓を置いて操縦席を描く。操縦者が必死に操作しているのに、アバターは2秒遅れて手を振っている。この操作と動きのズレが、そのまま4コマの笑いになる。
外国人や、遠くの高校生とか大学生がいいね。女性の方がいいかも。マンガの設定的に受けそう。
ゲーマーいいかもね。
操縦者は、ゲームで鍛えた反射神経と操作の速さを持つ若い女性にした。最初はアバターを「リアルなゲーム機」くらいに思って乗り込んでくる。そして現実との差にぶつかる。
カップを落としても、やり直しのボタンがない
ゲームの感覚でダッシュすると、勢いがついて止まれない
操作してから動くまで、2秒遅れる
速く動きすぎると、そばにいるハコブくんのモニターが怯えた顔になる
最初はせっかちで動きが雑だが、ツカムくんの「急がない、きちんと止まる」動きを見て、人のそばではゆっくり優しく動く方が上手い、と気づいていく。ゲーマーは現実の遠隔操作でも適性の高い層として注目されているので、作り話で終わらない設定にもなる。
遠隔操作の人は最初はハッキリ顔や姿は見せなくてチラ見せくらいの方が人の興味をそそるかもね。最近はアーティストも顔を出さないとかの演出をしているし、同じ方法論を使っても良さそうだね。
アバター自体が「中の人の顔」なので、本人の顔を見せないことが、そのまま作品の中身になる。顔を出さない歌手や、VTuberのように、見せる顔と本人を分ける表現に読者はもう慣れている。
段階 | 見せるもの |
|---|---|
1 | コントローラーを握る手元だけ。ネイルやステッカーで個性を出す |
2 | ヘッドセット越しの後ろ姿や、モニターの光に照らされたシルエット |
3 | 口元や目元だけ |
4 | 節目の回で全身を見せる |
本人が見えないぶん、読者はアバターの動き方から中の人を想像するようになる。
攻殻機動隊に出てきた人形使いのように、名前とは別に通り名とかもあるといいかもね。遠隔操作の女性の本名はあかさず。
操縦者の本名は作中で明かさない。病棟の人たちも読者も、彼女を通り名でしか知らない。ゲーマーなので、ゲームで使っているハンドルネームがそのまま通り名になる、という形が自然だ。顔を少しずつ見せていく演出と組み合わせると、通り名は知られているのに、本名も顔も誰も知らない人が、毎日アバターに宿って病棟で働いている、という状態になる。
「物理世界のVTuber」説明としてわかりやすいから、それを使って、仕事するから看護師である必要があるかもね。
ハコブくんの舞台は病院なので、そこで働くなら看護師が自然だ。看護師としての知識と、ゲーマーとしての操作の腕。この2つを持っているから、アバターの操縦者に選ばれた、という筋が通る。
途中、海外に住む人が時差を使って日本の夜勤を担当する案も出した。
外国人の線は無くそう。あくまでも日本の若い女性にしたいね。
夜前提なの?
外国人の設定をやめたことで、夜勤にこだわる理由もなくなった。昼の病棟は患者、見舞いの家族、スタッフと人が多く、会話や騒動の場面を作りやすい。普段は昼の病棟を舞台にし、暗い病棟でアバターの目が灯る夜の場面は特別回に回す。
遠くから操作する理由として、看護師が足りない地方の病院を都市部から支える案が出ている。遠隔の病棟で任せる仕事は、見守り、患者への声かけ、ハコブくんとの荷物の受け渡しに絞る。遠隔ロボットによる医療行為は、現実にはまだ難しいからだ。このあたりの細部と名前は、次の回で詰める。
ハコブくんの病棟で、アバターが人の存在を運ぶ
ここまでで決まったことを並べる。
見た目は人型のロボット。操縦者が接続すると目が灯って立ち上がり、切れると光が消えて座り込む
操縦者は遠くに住む日本の若い女性。看護師で、ゲーマー
操縦者の顔は最初は見せず、手元やシルエットから少しずつ見せていく
操縦者の本名は明かさず、通り名で呼ばれる
舞台は昼の病棟が基本で、夜は特別回
アバターの名前、操縦者の通り名、遠隔で働く理由の細部は未定
ハコブくんの4コマは、ロボットの技術を、技術者ではない人にも伝えるために描いてきた。アバターが加わると、通信の遅れ、手応えの返し方、人とAIの役割分担といった、フィジカルAIのこれからの課題を、操縦者の失敗と成長として描けるようになる。
馬と車は人の身体を運んだ。アバターは、人の存在を運ぶ。
